宅浪落ちた。

宅浪して落ちたワイ。成功した人のオ〇ニー日記に飽きた人へ。

浪人するか悩んでいる人へ。妥協して2年経った宅浪失敗者の現在。

絶対に志望校に合格して下さい。

何年かかってもいい。

意地でも行きたい大学に行って下さい。

 

以前の記事で、宅浪失敗から一年経ったときの心境を語りましたが、現在の考えはこうです。

 

人は(自分は)結局、自分のやりたいこと=幸せを達成するために生きてる。他人の評価ではない。

 

それができなかったときに不幸を感じる。

 

志望校に合格できなかったことは一生後悔するだろうということ。

 

一浪、二浪、三浪なんて、地方のレベルの低い大学にも案外いるもんです。

 

それどころか27歳の友達もいるし、周囲からバカにされるなんてことは考えなくてもいいです。

 

確かに妥協して若いうちに大学に通って、若さを輝かせようとすることもアリかもしれないです。

 

入学後はとてつもなく苦しいし、劣等感に溺れますが、次第に慣れていくでしょう。

 

それなりの出会い、発見はありますし、性格も変わっていきます。

 

でも、ふと自分の人生を振り返った時、受験失敗の事実、逃げたのではないのかという自分への疑念がいつまでも引っ掛かって視界から消えてはくれません。

 

それが今の自分です。

 

大学に何かを期待しているわけではない。

 

憧れの大学に入れば人生が変わるとも思っていない。

 

大学に頼るような人物は所詮それまでだということも大学に入って分かった。

 

結局、小・中・高と同じで、自分で動くしかないということは分かっている。

 

ただ、「合格できなかった」というその一片の事実が今も自分の肩を掴んで放してくれない。

 

二年経ってもコンプレックスに悩ませられるのは、自分がそれまでの凡人だからかだろうか。

 

その凡人であったなら尚更いい大学に入って箔をつけておくべきだったのではないか。

 

いろいろ考えはしますが、これも全て自分が受験に失敗したから。

 

成功するまで挑戦しなかったから。

 

特別な理由がなくて浪人できないのなら仕方ないのかもしれません。

 

私の家庭も裕福ではありませんし、家庭環境も良好とは言えません。

 

宅浪に失敗した年、祖父が心臓病で、「早く安心させてあげたい」と、後期で受かった大学に進学しました。

 

でも、今考えれば、奨学金を借りることもできるし、祖父の気持ちも自分の主観で想像に過ぎなかったのかもしれません。

 

人生とは、ただ生きることではなく、幸せを求めるものなのだと。

 

そう考えると、受験の目標は、大企業に入社するための布石ではなく、カネ儲けの術を身に着けに行くことでも無く、合格そのものに幸せを感じることなのではないか。

 

あるいは憧れの大学で好きなことを学ぶことなのだと。

 

多浪しようが、行きたい大学に合格できた人がそれを悔やんでいる姿は見たことないです。

 

絶対に志望校に合格して下さい。

 

何年かかってもいい。

 

意地でも行きたい大学に行って下さい。

 

今は本当に辛くて、疲れていると思います。

 

その辛さはあなた以外の誰も理解してはくれないでしょう。

 

あなたの人生はあなたしか歩んでいないのですからね。

 

でも、私は心から応援しています。

 

辛くなったら、他にだれも頼る人がいなかったらいつでも連絡してください。

 

苦しんで、苦しんでいる自分だからこそ、あなたの力になりたいと本気で思っています。

 

あなたならできます。

 

精一杯、前へ!

 

   

 

 

 

 

 

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